夏の体調管理大...
暑い夏がようやく終わって食欲の秋がやってきました。食べ過ぎ体重を減らさないと・・・と思っている方もおられるのではないでしょうか?
今回は肥満とそれに関連した2型糖尿病についてお話ししたいと思います。
済生会泉尾病院 糖尿病・内分泌内科 主任部長 住谷 哲
肥満と肥満症はよく似た言葉なので意味は同じと考えておられる方が多いと思いますが、医学的には両者ははっきりと区別されています。日本肥満学会が発行している肥満症診療ガイドライン2022によると、「肥満」とは脂肪組織に脂肪が過剰に蓄積した状態で、体格指数(BMI=体重[㎏]/身長[m]2)が25以上の場合と定義されます。さらにBMIが35以上になると高度肥満に区分されます。一方で、「肥満症」は肥満(BMIが25以上)で肥満に関連する11種の健康障害(表1)が1つ以上あるか、健康障害を起こしやすい内臓脂肪蓄積がある場合に診断され、減量による医学的治療の対象になります。BMIが35以上の場合は高度肥満症となります。
肥満に関連するものとしてメタボリックシンドロームがあります。特定健診に含まれているのでご存知の方も多いかもしれません。メタボリックシンドロームは内臓脂肪蓄積が中心的な役割を果たし、高血糖や脂質代謝異常、高血圧などの心血管疾患の危険因子が重積した病態をさします。内臓脂肪の蓄積状態を正確に測定するには厳密にはCT検査が必要となりますが、実際には腹囲測定で代用しています。CT検査での内臓脂肪面積≧100cm2に相当するのが男性で85cm、女性で90cmですのでこれ以上あると内臓脂肪蓄積状態とみなされます。内臓脂肪蓄積に加えて、①脂質異常(トリグリセリド値≧150mg/dLまたは/かつHDL-C値<40mg/dL)、②血圧高値(収縮期血圧≧130mmHgかつ/または拡張期血圧≧85mmHg)、③高血糖 (空腹時血糖値≧110mg/dL)の3項目のうち2項目以上を満たす場合にメタボリックシンドロームと診断されます。
それではなぜ肥満が問題とされるかと云うと、肥満があると様々な疾患の発症リスクが増大することが明らかにされているからです。肥満があると高血圧、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症(痛風)、脂肪肝などの代謝疾患を来しやすいのはよく知られています。またあまり知られていませんが肥満に原因する腎臓病である肥満関連腎臓病もあります。それらが動脈硬化を介して冠動脈疾患(心筋梗塞および狭心症)、脳卒中を引き起こす原因になります。それ以外にも、変形性膝関節症、睡眠時無呼吸症候群、女性の場合には月経異常なども肥満と関連しているとされます。
肥満は過剰な摂取エネルギーが脂肪組織に蓄積された状態ですから、単純な言い方をすれば「食べ過ぎ」が原因です。つまり肥満を解消するにはためには摂取エネルギーを減らすか、消費エネルギーを増やせばよいことになります。前者は食事療法であり、後者は運動療法になりますが、現在では摂取エネルギーの減少がより有効であると考えられています。われわれがどのようにエネルギーを摂取するかを単純に分けて考えると、①食事、②間食、③嗜好物の3つになります。これまでに実にたくさんのダイエット方法が繰り返し登場していますが、科学的に有効であると明らかにされているのは摂取エネルギーの減少のみです。食事は生きていくためのエネルギー摂取に必須ですから、やはり②間食、③嗜好物をまずは減らすことを試みるのが王道でしょう。間食をやめる、加糖飲料は飲まない、飲酒量を減らす、この3つを実行するだけでも体重は減少するはずです。
しかし実際にはなかなか減量はうまく行かないことが多いです。その理由は、食欲は生存のために必須であり抑制することがきわめて難しいからだと考えられています。そこで最近では食欲を抑制する薬剤が登場してきました。専門的にはGLP-1受容体作動薬と呼ばれますが、もともと2型糖尿病患者の治療に使用されていた血糖降下薬のひとつです。この薬剤は脳の食欲中枢に作用して食欲を抑制することが知られています。それ以外の作用もありますが、食欲を抑制して摂取エネルギーを抑制することが最も重要な作用と考えられています。GLP-1受容体作動薬のひとつであるセマグルチド(商品名ウゴービ)が本年から肥満症の治療薬として保険収載されました。当院でも使用開始に向けて現在手続きを進めています。非常に有効な薬剤ですが、その使用には多くの条件を満たすことが必要ですので誰にでも使用できる薬ではありません。しかしこの薬の登場で肥満症治療が大きく変わることが予想されます。
糖尿病は、血糖を下げる唯一のホルモンであるインスリンの作用が減少することで発症する代謝疾患です。インスリンを分泌する膵臓のベータ細胞が何らかの原因で壊れてインスリンが出なくなる1型糖尿病と、肥満などによりインスリンの効きが悪くなって発症する2型糖尿病に大きく分けられますが、全体の90%以上が2型糖尿病とされています。インスリンの効きが悪くなる状態をインスリン抵抗性、インスリンの出るのが悪くなる状態をインスリン分泌不全といいます。肥満があるとなぜインスリン抵抗性が生ずるかは、現在でも完全に解明されたわけではありません。有力な考えの一つは、過剰に蓄積された内臓脂肪組織からインスリンの効きを悪くする物質が分泌されるのが原因だとするものです。そうであれば摂取エネルギーを制限することで内臓脂肪組織量を減少させればインスリンの効きがよくなって血糖コントロールが改善することになります。
「寛解」は聞きなれない言葉だと思いますが、医療の世界では「治癒」ではありませんが病気による症状や検査異常が消失した状態をさしています。これまで2型糖尿病は病気のない人と同様の血糖コントロールを達成することは可能ですが「寛解」に至ることは不可能と考えられてきました。しかし数年前に報告された研究で、発症後間もない(発症後6年未満とされています)肥満を合併した2型糖尿病患者(平均体重は100kgでした)で、摂取エネルギーを大幅に制限する食事療法によって体重を15kg以上減少させると80%以上の患者で2型糖尿病が「寛解」に至ること示されました。2型糖尿病患者さんの治療にとっては減量による内臓脂肪の減少の重要性が改めて示されたことになります。この研究報告を受けて、最近のガイドラインでは肥満の是正がこれまで以上に強調されています
以上述べてきたように2型糖尿病治療では体重を減らす(つまり内臓脂肪量を減らす)ことが非常に重要ですが、最近はそのような目的で使用できる血糖降下薬が登場しています。その一つが肥満のところで述べたGLP-1受容体作動薬です。血糖降下薬はいくつかありますが、明らかに食欲を抑制する作用のあるのはこの薬剤だけです。以前は注射薬しかありませんでしたが最近では飲み薬も使用可能となっています。当院でも多くの患者さんに使用していますがその効果を実感しています。肥満があり、多くの血糖降下薬を併用しても血糖コントロールがうまく行かない場合には試してみる価値のある治療法と思われます。